ボツリヌストキシンについての説明
ボツリヌストキシン製剤とは
ボツリヌストキシンはボツリヌス菌が産生するタンパク質で「神経毒素」の1種類です。ボツリヌストキシンは神経筋接合部においてアセチルコリンの放出を阻害することによって神経から筋肉への伝達が伝わらなくなり筋肉を麻痺させる働きがあります。神経汗腺の接合部もアセチルコリンが伝達物質として作用しているため、ボツリヌストキシンによって発汗を抑制する働きを有しています。この効果は「永続的」に続くものではなく、時間経過とともに回復します。
ボツリヌストキシンはA、B、C、D、E、F、Gの7種類に分類され、A型とB型のボツリヌストキシンが医療分野で応用されており、A型が効果時間が長く強いため美容医療分野で利用されています。B型ボツリヌストキシンである「商品名:ナーブロック(米国ではマイオブロック)」は痙性斜頸で胸鎖乳突筋や斜角筋などへの注入に使用される製剤となります。力価といわれる単位数はA型ボツリヌストキシンとは全く異なります。大まかな換算も可能ではあるのですが製剤の添付文章上「換算もできない」と記されており、美容医療での使用は基本的に用いられません。
力価の表現方法と一般名について
ヒアルロン酸などでは「ml」でどれくらいの注入を行うかを表現しますが、ボツリヌストキシンの場合は「㎎」や「ml」ではなく生物学的活性を元にした力価という「Unit(単位)」が使用されます。〇〇Unit打てば必ず効果が出るといったものではなく、感受性の個人差は大きいといわれており、自分自身にあった部位毎の単位数が大変重要となります。効果が注入した単位数の予想より弱い場合には、薬剤の耐性による影響も考えられますが、感受性により元々効きにくく注入量が不十分である可能性も考えられます。追加投与や次回の注入時に多めに注入するといった調整が必要となります。
ボツリヌストキシン製剤間で生物学的活性を測定する条件や方法の違いから各製品での効果や互換性の違いがあるため、以下の一般名がついています。日本国内で流通しているボツリヌストキシンの大部分は「ボトックス」もしくは同製剤のバイオシミラー製品となります。
アッヴィ合同会社アラガン・エステティックスの「ボトックス」はナオボツリヌムトキシンA
英国のIPSEN社の「ディスポート」はアボボツリヌストキシンA
ドイツのMERZ社の「ボコーチュア(ゼオミン)」はインコボツリヌムトキシンA
米国のスパーナス社の「ナーブロック(マイオブロック)」はリマボツリヌムトキシンB
各ボツリヌストキシン製剤の比較
流通している製品のほとんどがウィスコンシン大学で使われていたHall株といわれるボツリヌス菌が使用されており、「ボトックス」、韓国メディトックス社の「ニューロノックス、メディトックス、コアトックス、イノトックス」、ヒューオン社の「リズトックス、ヒュートックス」などは同菌種になります。韓国Daewoong社の「ナボタ」はKJ997761株、韓国ヒューゲル社の「ボツラックス、リジェノックス」はCBFC26株が使用されています。
添加剤での比較
神経毒分子である「ボツリヌストキシン」を分解から守るための「複合タンパク質」、「安定剤」が主な添加剤となります。
複合タンパク質
複合タンパク質は神経毒分子を分解から守る働きがあります。
ボツリヌストキシンの毒素そのものの分子量は150kDaになり、ボツリヌストキシンはボツリヌスの純毒素と複合タンパク質からなる高分子量複合体です。分子量は複合タンパク質の大きさによって製剤毎の分子量の違いがあります。複合タンパク質を除去した製剤には「ボコーチュア(ゼオミン)」、「コアトックス」がありどちらも150kDaの純毒素製剤となります。ボコーチュア(ゼオミン)は複合タンパク質が除去されているため、分子量が小さく中和抗体が産生されにくいといわれています。複合タンパク質の有無によってボツリヌストキシンの分子量は変わりますが、効果や拡散には違いはないといわれています。
ゼオミンは動物実験において他ボツリヌストキシン製剤では中和抗体が生成されてしまったが、同製剤は中和抗体が作られなかったという報告があります。人でのデータはありませんが高用量でのボツリヌストキシンの使用が中和抗体のリスクがあるといわれており、ボツリヌストキシンを多く使用する注入(肩やふくらはぎ、脇汗など)での使用が適しているといわれています。
安定剤(ヒト血清アルブミン)
ヒト血清アルブミンはヒト由来の製剤で様々な感染症の検査を行い、既知の感染症が感染しないようにされています。しかしながら、未知の病気がある可能性がゼロとはいいきれず、はほぼ生じることはないですが、血液製剤由来の未知の病気の発症リスクがあります。
安定剤として使用されるヒト血清アルブミンは「コアトックス」「イノトックス」では使用されておらず、L-メチオニン、ポリソルベートを含む製剤となります。
複合タンパク質 | ヒト血清アルブミン | |
コアトックス | 不使用 | 不使用 |
イノトックス | 使用 | 不使用 |
ボコーチュア(ゼオミン) | 不使用 | 使用 |
ボトックス等他の製剤 | 使用 | 使用 |
ボツリヌストキシン注射の効果が弱い、もしくは効かない場合
ボツリヌストキシン注射の効果が弱い、もしくは効かない場合は様々な原因が考えられます。
感受性の個人差
投与した単位数に対して発現する効果の強さに個人差があるため、十分な効果を発揮しない可能性があります。逆に強く効果が出すぎてしまい、表情筋で全く筋肉が動かないもしくは萎縮をおこしてしまうこともあるため、定期的に通院しボツリヌストキシンの治療を受ける場合は「何単位」を「どこ」に打つかを把握しておくことが大事になります。
はじめて注入する場合は最小量から始めて、効果が予想を大きく下回る場合(全く効果がない場合)は追加での注入や次回注入時に増量するなどをして、ボツリヌストキシンによる副作用を最小限にし最適な量を調整していくと安全に治療を進めることができます。
品質管理の問題(力価が低下した製剤を使用)
承認薬である「ボトックスビスタ」は海外工場で製造された後、製薬会社による徹底した管理下で国内製薬会社で輸入、管理され国内流通網で各クリニックで保管され治療に使用されます。
未承認薬もしくは並行輸入品薬は海外工場で製造された後、日本の輸入代行会社により発注され、工場から直接もしくは海外の卸業者を経由して国内の各クリニックに送り届けられて、保管され治療に使用されます。
流通経路もしくはクリニック内での扱いにより効果が減弱する可能性があります。
製剤作成や注入手技の影響
ボツリヌストキシンは「イノトックス」を除き、粉末の製剤となります。この粉末の製剤を生理食塩水で希釈をし使用します。単位数は同一でも希釈で使用する生理食塩水の量によって、0.1ccあたり4単位や2単位など希釈の仕方によってボツリヌストキシンの濃度が変わります。濃度が濃すぎると量の微調整が難しくなり、薄すぎると注入した周囲に拡散してしまい効果を発揮してほしくない部位で効いてしまう可能性が出てきてしまいます。
表情筋注入時には筋肉の起始停止が異なるため、注入する最適な深さも異なります。また、ふくらはぎなどの骨格筋への注入時に浅すぎると皮下脂肪内への注入となり筋肉内へ注入されない可能性もあるため、注射手技によりボツリヌストキシンの効果が十分発揮されていない可能性もあります。
中和抗体産生による耐性
高用量、高頻度、複合タンパク質の含有 などが中和抗体産生に関与しているといわれています。高用量(200-300単位以上)を高頻度(3か月以内)に使用する場合に中和抗体が産生されやすいといわれているため、複合タンパク質を含有しない「コアトックス、ボコーチュア(ゼオミン)」が使用する製剤として適していると考えられています。
ボツリヌストキシン製剤に対する抗体は、毒素そのもの(150kDa)に対する中和抗体と複合タンパク質に対する非中和抗体があるといわれています。非中和抗体は産生されても効果に影響がないといわれています。しかしながら、製剤の変更により効果発現する可能性もあるため、製剤の変更(複合タンパク質を含まない製剤)、毒素自体をB型ボツリヌストキシンへの変更(単位数の互換が難しいため、効きすぎでの予期せぬ副作用の出現リスクもありうる)、施術間隔を長めに空けるといったことで効果を発揮する可能性があります。
体内動態について
ボトックスの添付文章を参考します。ラットの筋肉中にボトックスを注入した際、注入から24時間後に投与量の5%に減少し、消失半減期は約10時間と推定されています。血漿中濃度は、2時間後に最高値となり、投与量の3%が認められ、24時間後には1%にとなったとされています。
注入し24時間経過していれば注入部位にボトックスはほぼ残存していない状態となるため、24時間経過していればボツリヌストキシンに影響を及ぼす熱(サウナや長風呂)は大きな影響はないと考えられます。
一般的にボツリヌストキシンは80度で30分もしくは85度で5分の加熱で破壊されます。サウナは80~100度近くまで温度が上昇するため、注入当日のサウナは効果が減弱する可能性があるため避ける必要があります。
注意点、副作用
1回の投与量が500単位を超えなければ中毒症状は生じないといわれていますが、体格や感受性の違いがあるため、高用量のボツリヌストキシン注射時は注意が必要となります。耐性化のリスクも考慮にいれて単位数については決める必要があります。
施術後の注意点についてはクリニックにより変わるため、参考としてお願いします。
患部のマッサージ
注入部位の腫れや内出血がある場合は、薬剤が周囲に拡散して他の筋肉への影響が出現したり、効果が弱まる可能性があります。
注射後の飲酒
注入当日は腫れや内出血が悪化する可能性があるため、当日の飲酒は避けた方がより安全です。
注射後のサウナや入浴
ボツリヌストキシンは注入から24時間経過後には筋肉内に5%しか残存しなくなるため、24時間経過後であればほぼ影響はほぼないと考えらます。血行が促進されるため、注入当日は腫れや内出血が悪化する可能性があり、当日のサウナや入浴は避けた方がより安全です。シャワーについては問題ありません。
運動
注入当日は腫れや内出血が悪化する可能性があるため、当日の運動は避けた方がより安全です。
妊娠
海外で妊娠初期に500単位の投与で胎児の死亡が報告されています。また、動物実験で妊娠および胎児への影響が認められているため、男性では3か月間の避妊。女性では施術後2回の月経を経るまでの避妊を行うようにとされています。授乳中の投与はできません。