咬筋へのボツリヌストキシン注射
概要
咬筋へのボツリヌストキシン注射とは、エラボツリヌストキシン注射やボトックスを使用した場合に、エラボトックスともいわれます。
咬筋にボツリヌストキシンを注入することで、筋肉の過度な緊張を和らげる施術です。咬筋は、食事や会話の際に顎を動かすための重要な筋肉ですが、歯ぎしりや食いしばりのクセがあると、過度に発達してしまい、エラが張った輪郭になることがあります。
ボツリヌストキシンは、神経筋接合部でのアセチルコリン分泌を阻害することで筋肉を動かなくさせる作用を持ちます。これを咬筋に注射することで以下のような効果が期待できます。
- 小顔効果:過度に発達した咬筋を縮小し、フェイスラインをスッキリさせる。
- 歯ぎしり・食いしばりの改善:筋肉の緊張を緩めることで、歯ぎしりや食いしばりによる歯の摩耗や顎関節の負担を軽減させる。
- 顎の疲れや痛みの軽減:咬筋の緊張が緩和されることで、顎関節の負担が減少し、痛みや疲れの軽減につながる。
施術時間は5〜10分程度と短く、ダウンタイムもほとんどないため、小顔効果のある施術の中で人気のある治療の1つです。
咬筋とは?
咬筋は側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋とともに「咀嚼筋」を構成する筋肉1つです。咬筋は下顎の外側にあり、歯をかみ合わせて食物を嚙み砕く働きがあります。咬筋は2層(3層といわれることもあります)からなります。
浅層は起始部が「側頭骨と頬骨からなる頬骨弓の前2/3」、停止部が「下顎骨咬筋粗面下部」、深層は起始部が「頬骨弓の後ろ1/3」、停止部が「顎骨咬筋粗面上部」2方向の筋線維が集まる下顎角外面が最も厚くなります。
作用機序
ボツリヌストキシンはボツリヌス菌が産生する神経毒素であり、神経と筋肉の接合部(神経筋接合部)に作用します。
通常、神経から筋肉へ指令が送られる際に、アセチルコリンという神経伝達物質が分泌されます。ボツリヌストキシンは、このアセチルコリンの放出を阻害することで、神経からの指令を遮断し、筋肉を動かなくする効果があります。
咬筋にボツリヌストキシンを注射すると、筋肉が麻痺し、過剰な収縮が抑えられることで、以下のような変化が生じます。
- 筋肉が麻痺をすることで、過剰な収縮が抑えられる。
- 咬筋の運動が抑えられる「廃用」といわれる状態になることで徐々に萎縮し、小さくなる。
- 一定期間後(約3か月)神経が再生し、徐々に筋肉の機能が回復する。
この作用を利用し、エラの張りを和らげることでの小顔効果や歯ぎしりの改善効果が期待されます。
小顔効果
筋肉の麻痺により小顔効果で出現するのではなく、「廃用」による咬筋が萎縮することによって小顔効果が出現します。注射をし、咬筋が麻痺し過剰な収縮が抑えられ「廃用」の状態となり徐々に咬筋が萎縮し小さくなっていきます。注射から2~4週間で筋肉の萎縮効果を実感することができ、1~2か月経過したところで萎縮効果は最大となります。
3~4か月経過したところで麻痺していた筋肉が再び収縮するようになります。注入する単位数や食いしばり、歯ぎしり癖にもよりますが早いと3カ月で注入前と同じ筋肉量に回復します。通常は4~6か月かかるといわれますが、長いと1年程かけて筋肉量は徐々に回復していきます。効果を実感するタイミングや回復の速さは生活習慣なども含めて個人差が大きいといわれています。食いしばり癖、夜間の歯ぎしり癖、ガムやスルメなどを習慣的に噛む方では咬筋の回復が早まり、効果の持続時間は短くなります。
筋肉の萎縮効果が戻りきる前に、再度注入を行うことで萎縮効果を持続させるだけでなく、さらに委縮させる効果も期待できます。
良い状態を維持するために、効き方にもよりますが、3~12か月ごとに繰り返し継続的な注入を行っていきます。さらなる萎縮効果を期待する場合は1回あたりの単位数を増やしたり、短期間(3か月毎)の繰り返しでの注入が検討されます。
他部位との併用などにより1回あたりの注入単位数が多くなり、短期間で繰り返し注入を行っていくと抗体が産生されボツリヌストキシン注射の耐性ができてしまい効かなくなってしまう可能性があります。
歯ぎしり、食いしばり
歯ぎしり、食いしばりに対してのボツリヌストキシンの注入の場合は、萎縮効果ではなく筋肉が麻痺している状態が重要となるため、麻痺が回復すると症状が再燃してしまいます。萎縮効果は残存していても食いしばりによる痛みが出現することがあるため、そういった際は3~4か月毎のボツリヌストキシンの注入治療が必要となります。
歯ぎしり、食いしばりの改善には咬筋だけでなく下顎骨を挙上し後方に引く作用のある「側頭筋」への注入も併用するとより効果的になります。
注入部位
口角と耳珠を結んだ線、下顎骨の下部、食いしばって咬筋を蝕知できる前方(口側)と後方(耳側)の境界線に囲まれたエリアの1㎝内側に注入されます。
このエリアより前方への注入を行うと笑筋、上方への注入を行うと大頬骨筋、後方への注入を行うと耳下腺への注入もしくは拡散により作用してしまい予期せぬ副作用が出現してしまう可能性があります。また、浅い注入だと拡散により表情筋(笑筋など)へ作用してしまう場合があります。
咬筋の発達が強い方で浅層への注入量が不十分だとパラドキシカルバルジングが出現してしまう場合があります。
リスクと注意点
咬筋へのボツリヌストキシン注入により、以下のようなことが生じる可能性があります。
一時的な違和感や痛み、内出血
注射部位に軽い痛みや腫れ、内出血が生じることがありますが、通常は数日以内に自然に消えます。極めて稀に血腫ができることがあり、血腫ができてしまうと吸収されるまでに1か月程要することがあります。
効果の個人差
ボツリヌストキシンの効果には個人差があり、咬筋の発達具合によっても最適な単位数が異なります。効きすぎることによるリスクを避けるため、初めての場合は少な目の単位数から注入を行い効果をみながら次回注入時に多めに注入するなど調整を行い安全にボツリヌストキシン注射を進めていくのがおすすめです。
アレルギー反応や感染症
極めてまれですが、アレルギー反応や感染のリスクがあります。注入後しばらくしてから腫れや痛みが出現するといった通常と異なる経過となる際は治療を行ったクリニックへの連絡が必要となります。
笑顔や表情を作った際の左右差
咬筋の前方(口側)には「笑筋」という口角を上外側へ動かす筋肉があります。ボツリヌストキシンが拡散してしまい片側の笑筋に効いてしまうと効いた側の笑筋が動かなくなり、左右非対称の笑顔となることがあります。また、頬骨周囲の「大頬骨筋」に拡散してしまうと笑顔時に口角が上がらなくなってしまうことがあります。
時間経過とともに自然と改善していきますが、対象となる筋肉へ「オビソートの注入」や口を開けながら「いー」と言い笑筋を使う運動を行うことで麻痺した筋肉の回復を促す方法があります。
効果が実感できない
注入する単位数が少なく、筋萎縮の効果が弱い場合は効果があまり実感できない可能性があります。
筋肉ではなく骨格による場合「下顎骨の発達が強いものの、咬筋自体の容量が小さい場合(発達が弱い場合)」はボツリヌストキシン注射による小顔効果はあまり期待できません。
頬の脂肪量が多い場合は咬筋の委縮効果のみでは十分な小顔効果が実感できない場合があり、脂肪溶解注射や脂肪吸引などとの併用が必要となります。
頬のコケやたるみ
頬の脂肪量が少ない場合やたるみが強い場合、頬骨弓付近といった咬筋の上部へボツリヌストキシンを注入した場合や下部への注入でも拡散した場合に頬骨弓がより目立ってしまうことで頬のコケが目立つようになってしまうことがあります。また、咬筋が発達していることで、本来であれば口横やフェイスラインへ皮膚や脂肪がたるんでいたものが「咬筋により引っ張り上げられていてマスクされた状態」だったものが、萎縮することで引っ張り上げられなくなりたるみが目立つようになってしまうことがあります。
咬筋下部への注入でも、皮膚や脂肪の下垂があるとフェイスラインのもたつきや頬のコケが出現することもあるため、エラボツリヌストキシンによる小顔効果を希望する場合、最初は控えめの単位数で様子をみていくのが安全です。頬のコケが出現した場合、個人差はありますが自然に回復するのには半年以上要することもあります。
これらの症状が出現した際、頬骨下へのヒアルロン酸などのフィラー注入やガムやするめなどを毎日咀嚼をすることで咬筋の回復を促す方法があります。
パラドキシカルバルジング(咀嚼時に咬筋の一部が膨らみ目立つ状態)
パラドキシカルバルジングはエラボツリヌストキシンを注入したあと1週間以内に、食いしばったときに注入前よりも一部分がポコッと目立ってしまうことをいいます。ボツリヌストキシンが作用した咬筋深層は筋収縮が麻痺しているものの、作用していない咬筋浅層の筋肉が代償的に過活動となり生じる現象といわれています。咬筋の浅層が元々強く発達している場合、ボツリヌストキシンの注射時に注射カ所数が少ない場合、注入量のムラのため拡散にムラが生じる場合で発生することがあります。
2週間ほどで自然と改善することが多いため急いで追加での注入(リタッチ)をせずに様子をみる場合が多いです。改善しない場合は10単位程を過活動部位へ注入することで早く改善します。
避妊の必要性
海外で妊娠初期に500単位の投与で胎児の死亡が報告されています。また、動物実験で妊娠および胎児への影響が認められています。
注入をしてから男性では3か月間の避妊。女性では施術後2回の月経を経るまでの避妊を行うようにとされています。授乳中の投与はできません。