脇ボツリヌストキシン注射

脇のボツリヌストキシン注射は、多汗症(腋窩多汗症)に対する治療法の一つで、エクリン汗腺に作用をし発汗を抑える目的で行われます。ボツリヌストキシンよりもアッヴィ合同会社アラガン・エステティックス部門によるボツリヌストキシン製剤の商品名である「ボトックス」の方が認知度が高く、このボトックスを用いた「脇ボトックス」で一般的に認知されている施術となります。

脇汗の原因となるエクリン汗腺はコリン作動性交感神経線維により支配されており、神経伝達物質はアセチルコリンであるためボツリヌストキシンを注射することによりアセチルコリンの放出がブロックされることで脇汗の分泌を抑制する効果が期待されます。

重度の原発性局所多汗症の場合は保険適応での治療が可能となりますが、保険適応になるかは診断基準を満たしているだけでなく、施術を行う医療機関が保険適応での治療を行っているかどうかになるため、事前の問い合わせや確認が必要となります。費用については保険適応の方が安くなるイメージがありますが、費用負担は3割負担で2万円前後となります。自費診療クリニックで韓国製のボツリヌストキシン製剤を使用した場合保険適応での治療より安くなる場合もあります。

脇へのボツリヌストキシン注射以外の保険適応での治療は抗コリン作用によるエクリン腺へ作用する「エクロックゲル」「ラピフォートワイプ」の外用があります。

多汗症への他部位への治療は、手掌や足底などがあります。手掌や足底へのボツリヌストキシンの注入は痛みに非常に敏感な部位のため、痛みのコントロールには表面麻酔のみでは不十分なため積極的におすすめできる治療ではなく、静脈麻酔やブロック麻酔を行った治療が検討されます。保険適応がある場合、手掌の汗については「アポハイドローション」が抗コリン作用による発汗抑制が治療方法となります。

原発性局所多汗症の判断基準

保険適用での治療を行う場合はこの基準を満たす必要があります。自費治療の場合は満たす必要はありません。

原因不明の過剰な局所性発汗が6ヵ月以上続いていることに加え、以下の6項目中2項目以上を満たす

  • 両側性かつ左右対称性に多汗がみられる
  • 多汗によって日常生活に支障が生じている
  • 週1回以上の頻度で多汗エピソードがみられる
  • 25歳未満で発症した
  • 家族歴がある
  • 睡眠時は局所性の発汗がみられない

上記に加えて、Hyperhidrosis Diseaseb Severity Scale(HDSS)の3または4であること。

  1. 発汗は我慢できず、日常生活に常に支障がある
  2. 発汗は全く気にならず、日常生活に支障がない
  3. 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある
  4. 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある

費用と保険適用について

脇のボトックス注射は、自由診療と保険診療の両方の対象となる可能性がある治療となります。保険診療の場合は、保険診療での脇のボトックス注射を提供している医療機関かどうか、診断基準を満たしているかどうかの事前の確認が必要となります。保険適用となるからといって必ずしも自由診療と比べて価格が安いというわけではありません。

自由診療の場合

  • 相場:両脇で1〜10万円程度(※自費のためクリニックや使用する製剤、単位数により価格差の幅が大きくあります)
  • 使用薬剤はアッヴィ合同会社アラガン・エステティックス部門製「ボトックスビスタ」や、韓国製のボツリヌストキシン製剤が用いられます。

保険診療が適用されるケース

  • 医師による「原発性腋窩多汗症」の診断が必須
  • 厚生労働省が承認した薬剤(ボトックス)を使用
  • 3割負担で両脇約2万円程度で受けることができる

保険適用の可否や診療科の選定は医療機関によって異なるため、事前に確認が必要です。

脇へのボツリヌストキシン注射の作用機序と発汗抑制効果

ボツリヌス菌が産生する「ボツリヌストキシン」という神経毒素を有効成分とした薬剤となります。筋肉に作用して動きを抑える働きがあることから、もともとは神経疾患の治療や美容医療にも使用されていますが、脇汗のうち特に「エクリン汗腺」の発汗抑制目的にも使用されています。

「エクリン汗腺」と「アポクリン汗腺」

人間の汗腺には主に「エクリン汗腺」と「アポクリン汗腺」の2種類があります。

エクリン汗腺は、全身の皮膚に広く分布しており、特に手のひら・足の裏・額・脇などに多く見られます。この汗腺から分泌される汗は、99%以上が水分で、無色・無臭です。主に体温調節の役割を果たしており、暑さや運動、緊張によって活発になります。

アポクリン汗腺は、脇の下や耳、乳輪、陰部など限られた部位に存在します。毛根に付随しており、粘り気のある乳白色の汗を分泌します。この汗には脂質やたんぱく質が含まれ、皮膚の細菌により分解されることで特有のにおいを発するため、ワキガの主な原因や衣服の変色の原因となります。アポクリン汗腺は思春期以降に活性化し、感情やストレスにより分泌が促進され、アドレナリンにより分泌の影響を受けていると考えられている点も特徴となります。

ボツリヌストキシン注射は、エクリン汗腺からの発汗を抑えることを目的とした治療法となります。これは、交感神経からエクリン汗腺へのアセチルコリンの分泌をブロックすることで、汗の分泌指令を遮断することにより効果が期待されます。

アポクリン汗腺の分泌はホルモンや感情、ストレス、遺伝的要因に強く関与し、アドレナリンにより分泌の影響を受けていると考えられているため、アセチルコリンの影響をほぼ受けませんそのため、アポクリン汗腺から分泌される汗(=においの原因となる汗)に対しては分泌を抑える効果はほとんど期待できません。

ワキガにボツリヌストキシンは効果があるのか?

Staphylococcus hominisやコリネバクテリア属の皮膚の常在菌がアポクリン汗腺からの分泌物を代謝することで臭いを発生させるといわれています。ボツリヌストキシン注射による発汗と臭いの間の関連性を指摘する報告があり、ボツリヌストキシン注射による臭いの抑制効果が期待されます。

ボツリヌストキシン注射によるエクリン腺からの汗の減少によりアポクリン腺の分泌に影響を及ぼす可能性や、エクリン汗腺からの汗により脇が湿った状態(湿潤状態)となると、細菌の繁殖が促されてしまうため、ボツリヌストキシン注射によりエクリン汗腺からの発汗を抑えることで細菌の繁殖を抑制することでアポクリン腺から分泌される汗からできるワキガの原因となる代謝産物が抑えられる可能性が考えられています。

しかしながら、重度のワキガの場合では効果が実感できない可能性が高く、完全に臭いをなくすことはできないため、脇のボツリヌストキシン注射ではワキガにある程度の効果は期待できるが完全に臭いが消えるわけではありません。


施術の流れと所要時間

脇のボツリヌストキシン注射自体の施術時間は10〜20分程度と短くすぐ終わりますが、施術前のカウンセリングや痛みの緩和のための表面麻酔の併用の有無により所要時間は変わります。

基本的な流れは以下の通りです:

  1. 問診・診察
    医師が発汗の状態や訴えを確認し、治療方針を決定します。保険適用での治療が可能なクリニックの場合、保険適用の有無についても判断されます。
  2. 麻酔(必要に応じて)
    痛みに弱い方には、表面麻酔クリームを使用する場合があります。
  3. ボツリヌストキシン注射
    脇の下の皮内に細かく分けて20〜50カ所程度に注射をします。使用する薬剤量は個人差がありますが、片側50単位が一般な単位数となります。脇へのボツリヌストキシン注入は腋窩に多数の皮内注射で膨疹をつくるように注入を行います。注入が皮下への注入であったり、注入個所が少なく汗をかく部分への注入が十分にできていないと効果が不十分となる場合があります。
  4. 施術後のケア
    施術後はすぐに帰宅可能です。シャワーや洗顔は当日から可能ですが、皮膚の浅い部位へのボツリヌストキシンの注入のため、施術部位を温めないために当日の入浴は避けた方が無難です。

注射後は、2〜3日で効果が現れ始め、1〜2週間後にピークに達します。持続期間は6か月程度(長い方だと9カ月程度)といわれています。

汗の原因となるエクリン腺はコリン作動性交感神経線維により支配されており、神経伝達物質はアセチルコリンであるためボツリヌストキシンがその治療に用いられます。ボツリヌストキシン後の神経系の回復は随意筋(表情筋やエラなど自分の意志で動かすことができる筋肉)では3~4か月程ですが、汗腺などの自律神経系では6か月程度かかるといわれています。個人差はありますが、表情筋などと比べ効果の持続が長いといわれています。


副作用とリスク

脇へのボツリヌストキシン注射は安全性の高い治療法とされていますが、ボツリヌストキシン製剤の注射による一般的な注意点やリスクが生じえます。また、以下のような副作用が起こることがあります。

  • 内出血・腫れ・赤み・違和感:注射部位に一時的に生じることがありますが、数日で自然に消退します。
  • 代償性発汗:まれに、脇の汗が抑えられた代わりに、額、手掌、顔面など他の部位で発汗が増えることがあります。腋窩多汗症に対するボツリヌストキシン治療後に、体のほかの部位の代償性多汗が5%の頻度で発生したという報告があります。
  • 抗体の形成:使用するボツリヌストキシンの単位数が表情筋と比べ多くなります。他部位との併用で大量の単位数を短期間に繰り返し注入することで抗体ができてしまい効果が弱まる可能性があります。

参照

Jinguang He et al. A close positive correlation between malodor and sweating as a marker for the treatment of axillary bromhidrosis with Botulinum toxin A. J Dermatolog Treat. 2012 Dec;23(6):461-4.

M Naumann a, N J Lowe. Botulinum toxin type A in treatment of bilateral primary axillary hyperhidrosis: randomised, parallel group, double blind, placebo controlled trial. BMJ. 2001 Sep 15;323(7313):596.

Miki Watanabe et al. Targeted Lysis of Staphylococcus hominis Linked to Axillary Osmidrosis Using Bacteriophage-Derived Endolysin. J Invest Dermatol. 2024 Nov;144(11):2577-2581.